ヒプノ赤ちゃんで幸せな出産をした30代女性のお話

 2014年6月12日にMさんは、3190グラムの元気な男の子を出産した。Mさんは30代の美しい女性である。小さくてスリムな体なのだが、何があっても動じないドッシリとした安定感があった。まっすぐに誠実に相手の目を見て会話し、常に笑顔を絶やさない表情が印象的で記憶に残っている。Mさんを思うといつもその笑顔が浮かんでくる。

 

 Mさんは出産するまでヒプノセラピーを実践した。私のお師匠さんの提唱する「ヒプノ赤ちゃん」というもので、子どもは胎内にいるときからコミュニケーションする、という考えのもと、ヒプノセラピーを活用して幸福に満ちた出産をするものだ。単に無痛分娩を目的としたものではない。本来の人間に戻って愛と感謝とに満ちた自然な出産をするのだ。

 

 Mさんは自己催眠で、赤ちゃんと常に会話した。

「ママのおなかのなかは、心地いいですか?」

「うん。ちょっと寒いかな」

 胎児がそう語ると、Mさんは毛布をおなかにかけたり、暖房を入れたりした。腹巻をつけたり足湯につかったりしたこともある。

「今日は、何を食べて欲しい?」

「そうだね。ヒジキ」

 胎児がそんなリクエストをする。Mさんはさっそくヒジキを作って食べた。この子、シブいわね、とMさんは思った。でも、すくすくと育ってくれている。

 

 お母さんは、君が男の子だってわかってるよ。でもね。名前はまだつけてないんだ。どんな名前がいいか、お父さんと相談してるからね。君の人生は君のものだからね。自由に生きたらいいよ。お母さんは、君が健康でいてくれたらそれでいい。あとは何も望まない。好きなように生きていきな。Mさんは赤ん坊の名前はつけていなかったが、いつも「どもくん」と呼んでいた。    

 

 胎児がおなかを蹴った。お母さんに合図を送っているのだ。「は~い」って。

元気だ、元気だ。ママのところに来てくれて、ありがとう、どもくん、ホントにありがとね。

 

 Mさんは子宮とも対話した。

「子宮さん、子宮さん、調子はどうですか? 悪いところがあったら言ってくださいね」

「大丈夫。この子は私にまかせて。無事にそちらへ送り届けるから」

「ホントですか、ありがとうございます。感謝しています」

「どういたしまして」

 子宮の状態は常に正常だった。母子ともに順調だった。

 

 ただ、Mさんは5年前に長男を出産していて、かなり痛い思いをした。出産とは痛いものだ、出産するには心臓が飛び出るくらいいきまなければいけない、そう思っていた。

 

 苦痛に対して人間は恐怖を感じる。わけもなく、怖い、怖い、と思う。その恐怖は強烈なストレスとなり、身体に悪影響を及ぼすおそれがある。そう思うとよけいに怖くなる。悪循環だった。

 長男のときは頭が出てくると激痛が走った。そのイメージがともすると浮かんでくる。フラッシュバックのようにMさんを苦しめる。痛い、怖い、痛い、怖い、その言葉と感情が頭のうえをグルグル回っていた。

 

 おまけにMさんは貧血症だった。貧血症を示す数値がいつも基準以下だった。貧血にいいと言われる食事をとっても漢方薬を処方しても数値はあがってくれない。点滴を受けることもあった。不安はつのるばかりだった。「痛い、怖い」に「不安」が付加される。胎児に影響がでなければいいが、と祈る思いだった。

 

 Mさんは毎朝ヒプノセラピーのCDを聞いて、自己催眠に入った。光が降りてくるイメージをして、無痛でスムーズに赤ちゃんが生まれてくるところをありありと思い描いた。無痛で出産するって、どういうことだろう。

 

 陣痛は誰もが経験することで出産には痛みがともなうものでしょ。でもでも、まったく痛みを感じることなく出産した人たちもいるわけよ。それって、どういうこと?

 

 安産型の体型をしていたってこと? それとも、たまたま安産になったってこと? 運の問題なの? そんなバカな。

 

 もしかすると、出産は痛いものだって、洗脳されているだけなのかも。洗脳され、暗示をかけられているから、痛いという現実を引き寄せてしまう、それだけのことじゃない? ならば、その暗示を解けばいい。ヒプノセラピーで書き換えればいいんだ。

 

 Mさんはそう思い、毎朝、ヒプノセラピーのCDを聞いて自己催眠のセッションを行った。「出産は痛い」という洗脳を解くんだと思った。

 

 当日、夫と長男が見舞いに来た。

「今日が出産予定日なんだけど、この子は予定通り出てきてくれるかなぁ」

 Mさんは何気にそんなことを言った。実は、Mさんは、予定日前日か当日だと最初から思っていて「パパとお兄ちゃんが立ち会える日に産まれてきてね!」と赤ちゃんにずっとお願いしていた。

 

「早く、会いたいなあ。赤ちゃん」

 5歳の長男ははしゃいでいる。

「元気に生まれてくるさ」

 夫は落ち着いていた。

 Mさんは、「まだまだ産まれないと思うから、ランチしてきてね」と言った。

「そうだな。食事してくるかな」

「うん。行ってらっしゃい」

 Mさんは夫と長男を見送る。夫と長男は近所のレストランへ昼食をとりに行った。

 

 

 しばらく、Mさんは横になり、深呼吸した。癒しの光に包まれて、スムーズで自然な出産をする自分をイメージした。

 

 病室は畳の部屋だった。畳に布団が敷いてあり、ちゃぶ台のようなデスクがある、まるで昭和の安アパートのようだった。

 

 Mさんは尿意を催しトイレへと立った。1人で歩けた。しっかりとした足取りだった。ことを済ませ、手を洗う。Mさんも病院食でお昼を済ませた。そのころ、自分が汗をびっしょりとかいていることに気づいた。不思議な気がした。自分が汗をかいていることに、いままで気がつかなかったんだ。少し、驚いた。やはり、出産が近いってことかなぁ。陣痛らしきものが3から4分間隔になっているような気がした。

「ちょっとモニターを見て欲しいんですけど」

 Mさんは助産師さんにお願いした。

「全然陣痛がきてる妊婦に見えないわよ。私は帝王切開のおてつだいに行ってくるから」

 助産師さんはそんな呑気なことを言っている。

 

 しかし、Mさんは急に何かが降りてきてくのを感じていた。頭がすぐそこに降りていて、これは産まれそうなのだと思った。

 

 夫と長男はまだランチから帰っていない。Mさんは助産師さんに「すみません、パパとお兄ちゃんに電話してもらってもいいですか?」とお願いした。

 

 電話を受けた夫と長男が戻ってきた。長男はお子様ランチについていたおもちゃで遊んでいる。長い筒に笛がついていて、吹くと「ピーっ」という音とともに、先が伸びるおもちゃだ。

 長男はMさんに向けて、ピー、ピー、と伸ばしてくる。それがMさんの頬に当たる。長男は、そうやって母親に対する愛を表現していた。ところが、長男が笛を吹くたびに、唾が飛び散るのだ。その唾がMさんにもかかってくる。

「もう、汚いじゃない」

とMさんは言って長男に手を伸ばす。

 長男は笛を吹いて母親に先を伸ばす遊びをまだやめない。

「もう、やめてよ」

 Mさんが、そう言ったとき、下腹部に異変を感じた。何かがゴロッと動いた。痛みはまったくなかった。

「助産師さん、なんか、生まれそうです」

「どれどれ」

と助産師さんが布団をめくる。

「あれま、頭が見えてるわよ」

助産師さんは手を伸ばして、赤ちゃんの頭を触る。「いきんで」とは言わない。「しっかりするのよ」とも言わない。助産師さんはただ待てばいいということを知っているのか、手を受けているだけだった。

 

 夫は出産の間じゅうMさんの手を握っていた。長男は笛をピーピー吹いて応援してくれている。それがおかしくてMさんはつい笑ってしまう。笑うと長男はますます笛を吹く。夫の手が少し強くなる。緊張している夫の顔もおもしろくてMさんは笑ってしまう。笑ってたら、頭がするって出てきた。助産師さんの手のなかに赤ちゃんがまるで自分の意思をもっているかのように自分で出てきた。もし、Mさんがいきんだとしたら、Mさんが笑ったときに下腹部に力が入った程度だ。ビックリだった!

 

 

 助産師さんは生まれたての赤ちゃんを、夫と長男の前に捧げる。夫と長男は感動して震えている。2人は震える手でハサミを一緒に持ち、結婚式のケーキ入刀みたいに赤ちゃんのへその緒を切った。赤ちゃんの元気な声が病院じゅうに響き渡った。

 

 助産師さんは赤ちゃんを綺麗に洗い、白い布でくるんで、母親に見せる。Mさんはそれを見て、第一声を発する。

「こんなに簡単に生まれちゃうの?」

 午後1時19分。Mさんの次男が生まれた。

 

 痛みも、苦しみも、恐怖も、不安も幻だった。産んでみると、そんなものはどこにもないことがわかった。すごい、と思った。ああ、すごい、ホントにすごい、痛みもなく、不安もなく、子どもって生まれてくるんだ。すごい、すごい! 赤ちゃん、ありがとう、生まれてきてくれてありがとう。それから、パパも、長男も、助産師さんも、みんなありがとう。Mさんはこの世のすべての存在に感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 

 後日、私はこの赤ちゃんを抱っこさせてもらった。私の腕のなかでニコニコ笑いだすのだ。そして、つぶらな瞳で私の顔を探していた。素晴らしい世界にようこそ、よく来たね。ママは貧血症で少し心配していたみたいだけど、元気そうじゃないか。元気で何より。さあ、何して遊ぶ?

 

 私は赤ちゃんを抱っこして、ヨシヨシをいつまでもやった。

 
 
(文・高橋フミアキ)
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