私のヒプノ赤ちゃん体験記 ~“帝王切開”は怖い?と思っているママ達へ ①

 これからお話しするのは、私の2度目の出産に対しての課題を克服する話です。私は現在妊娠5カ月目。出産予定日は来年3月上旬です。私自身も、これからどのように出産に向き合っていけるのか?不安でもあり楽しみでもあります。新たに挑むお産について、これから少しずつ私の体験をお話していきたいと思います。

 

 2010年2月の寒い雪の日、私は娘を出産しました。初めてのお産は、大きな逆子だったため、私は予定日より3週間も早く、帝王切開で産むことになりました。始めはあまり心配していなかったのですが、いざ手術が始まると、切開されることの怖さでいっぱいになったことを覚えています。しかし、大変なのはここからでした。
産後、看護師さんから
「二人目も、出産するときは帝王切開になりますよ」
と言われたのです。私は、もう普通に子どもを産むことはできないんだ、と大変ショックを受けました。そして産後ウツになってしまったのです。
 自然なカタチで、子どもを産んでやれなかった…。
 早くおなかから出してしまって、かわいそうなことをした…。
無事に3400gの立派な女の子が産まれてきたのに、私は出産の喜びなかなか実感できませんでした。育児への不安や産後のホルモンバランスも崩れていたのかもしれません。毎日泣いてばかりいて、この頃どうやって生活していたのか覚えていないぐらいです。その間、実家の母が1ヶ月間家事の手伝いに来てくれました。しかしその後、頼れる親戚が近くに住んでいない中、夫は仕事と初めての育児と不安定な私のサポートで、大変だったと思います。

 

 しかしこんな思いをしても、子どもは2人欲しいという思いは、私も夫も変わりませんでした。その為、今年の夏に二人目を授かったことがわかった時は、これで家族が揃うんだ!という喜びで、胸がいっぱいになりました。娘は幼稚園の年長さんになり、気がつけば前の出産から5年の月日が流れていました。そして改めて「二人目も帝王切開で出産することになる」という問題を考えたとき、私は自分のお産を冷静に振り返るようになりました。
 
 そんな時に思い出したのが、「ヒプノ赤ちゃん」というセラピーのこと。今年の春、早く二人目が欲しいなと願っていた時、
「妊娠がわかったら、ヒプノ赤ちゃんをやってみたら?」
高橋フミアキ先生との何気ない会話から出てきた言葉に、私はある女性のことを思い出しました。
「そういえば、みつよさんお元気かしら…」
ヒプノセラピストの坂本みつよさんは、昨年一度だけお会いした方。その時、少しだけ私の帝王切開で産んだときの感想をお話しました。また二人とも同い年で、偶然にも上の子の年齢が同じだったので、とても親しみを感じていました。ただ、お互いに家庭や仕事で忙しく、メールアドレスの交換だけで連絡が途絶えていたのです。
「みつよさんにお会いして、もう一度出産の話をしたい!」
思い立ったらスグに行動したいタイプの私は、早速連絡を取り、みつよさんにお会いする約束を取り付けました。
こうして私はヒプノ赤ちゃんを通じて、前の出産のときにやり残したことを解決させようと決心したのです。

 

 では、具体的に「ヒプノ赤ちゃん」というのは、どのようなセラピーなのでしょうか?
この夢スクールのホームページには、このような説明があります。

英国のキャサリン妃が出産するときに「ヒプノバーシング」を行ったことは有名です。つまり「催眠出産」。ハリウッド女優やセレブの間で人気を集め、欧米ではかなり浸透しています。ヒプノセラピーを使って、お母さんをリラックス状態に導き出産します。

心が安らかだと出産時の骨盤への負担も軽減されるのです。アメリカ人のヒプノセラピストであるマリー・F・モンガン氏が開発したもので、1990年に初めてこの出産法で赤ちゃんが誕生しました。

 

 また、みつよさんが開催しているヒプノ赤ちゃんの講座では、次のように説明しています。

(ヒプノ赤ちゃん講座とは) 行政や病院で行われている両親学級とは、また違う角度からお産について学んでいきます。心身の準備とケア、胎話法(おなかの赤ちゃんとのコミュニケーション法)、呼吸法、イメージング法など、穏やかな出産を迎えるために必要なメソッドをお伝え致します。

 つまり、ヒプノセラピー(催眠療法)を利用した出産法のこと。妊娠期から出産の時まで、妊婦さんが不安無くお産という大イベントに向かえるようにトレーニングしていくこと。それはまさに、フィギュアスケートの選手が、4回転ジャンプをしっかりイメージしてトレーニングすることで、試合でもその大ジャンプが成功できるのと同じことなのです。

 

 私にとっての理想のお産は、前回のお産でやり残したこと。それが「帝王切開を怖がらずに受けられること」「出産後も家族みんなで、前向きな気持ちで新しい生活ができること」この2つが私の取り組むべき課題となったのです。(つづく)