インナーチャイルドに気づくだけで私は・・・

かにかくに 岩手県は恋しかり…

 ~私のインナーチャイルドのお話~



 こんにちは、真彩巳です。

みなさんは“インナーチャイルド”という言葉をご存じですか?今回は私が体験したインナーチャイルドについてお話したいと思います。


 インナーチャイルド(Inner child)を日本語にすると、「内なるこども」と訳されます。この夢スクールのサイトでは、以下のような説明があります。

 

インナーチャイルドとは、子ども時代に体験した 

あなたの中にいる、『傷ついた子ども意識』です。

 

それは例えば、大人の自分は忘れているのに、記憶の奥底ではしっかりと覚えている子どもの頃のイヤな思い出のこと。その思い出が知らず知らずに、現在のあなたの行動パターンに影響を与えているかもしれません。

 「なんで自分はいつも同じことで、つまずいてしまうのだろうか?」

あなたの「内なる子ども」は、どんなことに傷ついていたでしょうか。お友達の前で、先生に叱られて恥ずかしかった?ピアノの発表会で失敗し、ママをがっかりさせてしまった?そんなとき、もしかすると自分のインナーチャイルドと向き合ってみるといいのかもしれません。


 私の場合些細なことですが、ある質問に素直に答える事ができない時期が長くありました。それは、「出身地はどこ?」と尋ねられることです。

 私は父の仕事の関係で、子どもの頃に何度か引っ越しを経験しています。もちろんそんなことは、今の時代珍しいことではありません。ところが私にとって、一番長く住んでいた宮城県と答えるのに、抵抗を感じていた時期がありました。家族や友人がたくさん住んでいるのも関わらず、です。

 どうして出身地を答えるのに、こんなに違和感があるのだろうか?

そしていつも過去を振り返るたび、私がきまって懐かしく思うのは、10歳まで通っていた岩手県盛岡市の小学校のことです。

 もしかすると、思い残していることがあるのかもしれない。

そこで私は先月、私は高橋先生にヒプノセラピーを依頼してみました。


 

「それでは、真彩巳さんが一番好きだった場所を思い浮かべて下さい」 

 催眠状態になった私が真っ先に思いついた場所、それは小学校の近くにあった、通称・農試の原っぱでした。私が岩手県盛岡市でくらしていたのは、5~10歳まで。通っていた小学校は、東北農業試験場(現・東北農業研究センター)に隣接し、市街地の学校にも関わらず緑に囲まれた学校でした。

「私は今、農業試験場の原っぱにいます」

私の目の前には原っぱが広がり、青空の下で同級生と遊んでいる光景が浮かんできました。

私たちは時々、授業時間をそっちのけで、先生と一緒にこの原っぱで遊ぶことがありました。私はよく、男の子に交じってサッカーをしたり、仲良しのお友達と草の上に寝転がって空を眺めていたりしていました。悩みも不安もない、軽やかな子ども時代です。

「どんなことがあっても、この原っぱに来れば守られますよ…」

高橋先生の声を遠くに聞きながら私は、もうどこにも行きたくない、ずっとこの場所でみんなと居たいと切実に思いました。なぜなら私は、盛岡の小学校を卒業することなく、4年生の10月で宮城県仙台市へ引っ越しすることになったからです。


 新しい小学校には、なかなか馴染むことができませんでした。学校の習慣も違えば、教科書の内容も給食も、体操着だって違う。 隣の席にいた男の子がふざけて話す仙台弁もわからない…。中でも一番馴染めなかったのは、新しく担任となったT先生でした。高橋先生が声をかけます。

 「さあ、今、真彩巳さんの前にはT先生がいるよ。なんでもいい、自分の思いを言ってごらん」

(イヤだ、T先生には何も話したくない…)

T先生は、お気に入りの子には甘やかすところがある半面、気に入らない子に対しては冷淡な態度をとる先生でした。

「真彩巳ちゃんは、T先生に嫌われているみたいだよね」

同級生に言われるほど、私は先生に避けられていました。もしかすると、私が何か先生に失礼なふるまいをしていたのかもしれません。でも私は仙台の小学校では、自分が「よそ者」なんだと身に染みて感じました。担任の先生ですら、私をこのクラスの仲間だとは認めていないのだ、と。 

「…ばかやろう」

私の罵倒はつぶやきにしかなりませんでした。セラピー中、私はただT先生に向かって絶叫すればよかったのかもしれません。でも私の本当の思いは、誰かのせいにして収まるものではありませんでした。

(どうせここで私はよそ者、私は部外者。あんな先生にもう私の思いを伝える必要はないんだ。そんなことは、もうどうでもいいの。私はただ、盛岡に帰りたかっただけなんだ!)

私はずっと誰かに伝えたかった気持ちを、やっと見つけることができました。


「では、真彩巳さん。また原っぱに戻りますよ。ここなら安心です。どうしたいですか?」

「ずっとここにいたい。みんなと一緒に居たいんです」

高橋先生に今度は迷いなく言えました。

 「それでは、真彩巳さんのお友達と一緒に小学校を卒業しましょう」

目に浮かんできたのは、まだ古い木造校舎。体育館の床は板張りで、紅白の幕でぐるりと壁を囲んでいます。私は壇上で校長先生から卒業証書を受け取りました。下に目をやると、同級生が手を振って笑っています。

ふみえちゃん ともえちゃん まさあき君 ふみと君…

30年も過ぎて、私のことはもう誰も覚えていないかもしれない。

けれど、夢の中ででも戻りたかった小学校を卒業できたことで、やっと私の思い残しが消化されたように感じました。


セラピーの帰り道に、私はふとこんな短歌を思い出しました。

 

「かにかくに 渋民村は恋しかり

 おもひでの山

 おもひでの川」

 

 これは、岩手県出身の歌人・石川啄木が自分の故郷・渋民村を偲んで読んだ歌。私の盛岡に対する思いは、まるでこの歌のようだと思いました。私のインナーチャイルドは、自分を無条件で受け入れてくれた盛岡に「執着」していたようです。

 今回のセラピーで、高橋先生は私に「小学校の卒業」というイメージを与えてくれました。インナーチャイルドに「卒業式」という儀式を行ったことで、私の出身地へのこだわりも和らいだように感じます。

 要するに私は、転校生という疎外感がいつもまでも抜けずにいたから、盛岡に帰りたいと思っていた。だから私はいつまでたっても宮城県出身ではないと思っていたのです。 

 さらにこの疎外感は、普段の生活でもネガティヴな作用を起こしていることに気がつきました。よそ者・部外者」という感覚は、「私の存在が、みんなの邪魔をしているのかもしれない」とか「私は誰にも必要とされていないかもしれない」という焦りに結びついていたのです。その結果、

「あのとき○○をしてしまったから、みんなに迷惑をかけてしまった」

「これをやらなきゃ、みんなの足をひっぱってしまうかもしれない」

と、必要以上に自分を責めてしまうことがあるのです。そこに気づいただけでも、自分の悪い行動パターンが理解できたように思います。



 このように、過去の自分と向き合って、いつまでも泣いているインナーチャイルドに気づくだけでも、一歩前に進めるのです。普段の生活で息苦しいことがあるなら、あなたも自分のインナーチャイルドと向き合ってみてはいかがでしょうか?


 

 さて、あれから30年。農試の原っぱは今、どうなっているのでしょうか? 

 じつはこの記事を書く際、盛岡の小学校周辺を初めてグーグルマップで検索してみました。地図の画面から航空写真に切り替えると、次々と思い出の場所をみつけることができました。懐かしの農試の原っぱは、もう半分畑になっていましたが、あとの半分はまだちゃんと残っていました。冬の体育でスキーをした三本松という小さな山や、写生をしに行った「馬魂碑」という馬の供養塔、教室から見えた並木道、毎日通った通学路まで。

 大人になった私は、心の中のインナーチャイルドにそっと呼びかけました。 

「ねえ、みてごらんよ!昔と変わらないね。懐かしいねえ」

小さな私がにっこり笑いながら、原っぱを駆けまわるイメージが思い浮かんできました。


(もちろん今では仙台にもたくさんの友人がおり、楽しい思い出も懐かしい景色も数多くあります。けっして嫌いな街ではありませんよ! 念のため)



 

(文・鵜養真彩巳)