姑に洗濯物を干し直されない方法



姑に洗濯物を干し直されない方法


 それはある朝突然に生えていた。角が、である。そう、姑の頭にどういうわけかツノが生えていたのである。嫁の背中に戦慄がはしった。


「洗濯物を干し直しといたわよ」満面の笑みを湛えた姑の頭に、くっきりと角が生えていた。気がしたのかもしれない。いや、嫁には確かにそう見えたのだ。綺麗に染め上げた栗色のふわふわの猫っ毛の間から、二本の角が朝日を浴びて輝いていた。

 

 そしてその笑顔は夜叉のそれであった。

「ありがとうございます」嫁は震えながらも、かろうじていつものようにそう答えた。



 嫁の頭は真っ白になった。洗濯物の干し方がそんなに悪かったのだろうか。確かにいつも何度も干し直される。どう干したとしてもである。嫁にはそれが苦痛だった。Tシャツのお腹に跡がつかないように、セーターが伸びないように、そしてズボンの膝が皺にならないように細心の注意を払って干しているのに、いつもいつも台無しになってしまうのである。


「早く乾くでしょ」という姑の(何?こんな干し方して!)という、隠れた声も苦痛なのである。

「ありがとうございます」とういう嫁の答えには、いつも(は?何で?!普通に乾くのに!)という苦味がこもっていた。


はたして彼女には、良い嫁を演じている自信はたっぷりあったのである。


 姑は息子夫婦の家庭が気になって仕方ないのだ。一から十まで知っていないと不安なのである。

いつも《あなたたちの為にやってあげている》という大義名分を振りかざして、土足でズカズカ踏み込んでくるのだ。嫁の夫以外の家族は辟易している。孫娘の外出先を確認し、帰りの時間をチェックし、嫁が作っているにも関わらず孫息子のご飯を心配する。


 どんなにそっと出入りしても、家の奥から覗くのである。耳の良さはぴか一だ。というより何処にいても気配を察知しているのだろうか。


 息子の出張の支度をする。挙句の果てはいい年をした息子の、イチゴ牛乳のイチゴを潰してやるのだ。息子はイチゴスプーンが使えないのだろうか。いい加減にもうやめてくれ!嫁はいつもそう思っていた。

家族全員が監視体制を感じアップアップなのだ。大層な大義名分の下、発動されるチェック機構は正当化されるのだ。そう、嫁は洗濯物が干し直される事よりも、触られる事がいやなのであった。洗濯物までも監視下に置かれている気がしてならないのである。


 そこでの角事件だ。はたして洗濯物を干し直されなければ角は無くなるのだろうか。嫁は考えた。



解決策


1. 最初が肝心。洗濯物を干し直さないで欲しい、とガツンと言う。いやガツンとはまずい。丁寧にお断りする。

何でも素晴らしくプラス思考の姑である。もしかして遠慮と捉えられるかもしれない。

そしてもっと何度も干し直してしまうかもしれない。


2. 最初から姑に干してもらう。

  これはなかなか良いかもしれない。やりたがり知りたがり、そして何でも完璧にこなす凄 

い姑である。江戸っ子堅気で頼まれたら断れない、頼れる姑なのである。ここはひとつ可愛い嫁に徹して、おねだりするのだ。



3. 背の低い姑の届かない高い物干しざおにする。

大きくなった子どもたちの服のせいにするのだ。よく乾くし問題無い。姑も納得いきやすいだろう。いや一つ問題があった。嫁も実は背が低かったのだ。


 策を練っているうちに嫁は気付いた。そうだ、自分が気にしなければ良いのだ。洗濯物は早く乾くし、たたんでくれることもあるのだ。こんなに楽な事はない。簡単だ!


 はたして角は無くならないのである。


 何故だ。嫁は焦った。そうか、気にしないように気にしているのだ。もはや堂々巡りだ

ある日こんな言葉に惹きつけられた。


「嫁と姑はそれぞれにテリトリーを持っていて、どんなに良い関係であっても、絶対に相手をそのテリトリー内に入れる事はない」


 そうか、自分のプライベートゾーンに土足で侵入してくる姑が嫁には鬼にみえたのである。

もうひとつ気付いてしまった。嫁のありがとうは言葉だけだ、と賢い姑には見破られていたのである。ああ八方塞がりだ。


 ある日心を決めた嫁は、お腹の底から感謝の気持ちを伝えてみた。すると姑の口から思いがけず、ありがとうのお返しがきたのである。今までそんな言葉はほとんど聞いたことがなかったのに。角が見えたのと同じくらい嫁はびっくりした。


 そして彼女は最後の手段を実行することにした。良い嫁を演じることをきっぱりとやめたのである。


 気付いたら姑は年をとった小さなおばあちゃんになっていた。それでも洗濯物は頑張ってよいこら干し直している。相変わらずこちらのテリトリーにズカズカ踏み込んでくる、余計なおせっかいは健在である。でもいつの間にか嫁には角が見えなくなっていた。それどころか、不思議なことに夜叉に見えていた顔が、時々観音様に見えてしまうのである。

 

 洗濯物の攻防戦はきっとこの先もずっと続くのだろう。嫁と姑の間には深くて長い川がある、のだろう。でも良い嫁をやめて、心をこめて感謝の気持ちを伝える事ができるようになった彼女は、何故か洗濯物のしわにも苦笑いが出来るようになっていたのである。そして姑の口からは「ありがとう」のお返しが口癖になっていた。



(文・おとみ)